「待たされた」と怒鳴る患者。退去を求めた院長に「訴えてやる」

混雑した待合室で受付職員へ怒鳴り、指を差す高齢の男性患者

午前11時。

待合室は、座る場所もないほど混み合っていた。

そのとき、受付から大きな声が響いた。

「いつまで待たせるんだ!」

声の主は、診察を待っていたやや高齢の男性だった。

受付職員が、

「大変お待たせして申し訳ありません。順番にご案内しておりますので――」

と説明する。

しかし、男性は収まらない。

「さっき来た人が先に呼ばれただろ!」

「こっちは具合が悪くて来てるんだ!」

「院長を出せ!」

怒鳴り声が待合室中に響く。

近くにいた子どもが泣き出した。

ほかの患者は目をそらし、受付職員の手は止まった。

看護師が間に入っても、男性は指を突きつけて怒鳴り続ける。

謝っても、説明しても、手が付けられない。

診療そのものが止まり始めていた。


院長が出ていけば、収まると思っていた

騒ぎを聞いた院長が、待合室へ出た。

「お待たせしていることは申し訳ありません。ただ、ほかの患者さんや職員に対する大声や暴言はおやめください」

さらに院長は、こう続けた。

「あなた様の行動は、カスタマーハラスメントと受け取らせていただいてよろしいでしょうか?」

男性の表情が変わった。

「カスハラだと!」

「なんだと? 心外だ!」

「患者に向かって、その言い方は何だ!」

職員を守るために伝えた言葉だった。

しかし、「カスタマーハラスメント」という言葉を本人へ直接ぶつけたことで、男性は自分が一方的に悪者扱いされたと受け取った。

その一言が、さらに火に油を注いだ。

「金を払って来ているんだぞ!」

「そんな病院だと、SNSに全部書いてやる!」

院長は、もう一度伝えた。

「このまま大声や暴言が続く場合は、本日の診療をお断りし、お帰りいただくことがあります」

すると――。

「診療拒否か!」

「患者を追い出す病院なんだな!」

「分かった。お前も病院も訴えてやる!」

男性は、待合室にいるほかの患者にも聞こえる声でそう叫んだ。

そしてスマートフォンを取り出し、受付と院長に向けた。

「全部撮ってるからな。ネットにも書くぞ」


その日の夜、口コミが投稿された

投稿には、こう書かれていた。

「長時間放置されたうえ、院長から診療を拒否され、追い出された」

「患者を人間扱いしない病院です」

しかし、投稿には書かれていない。

男性が待合室で何度も怒鳴っていたこと。

子どもが泣き出し、ほかの患者が怯えていたこと。

受付職員と看護師が繰り返し説明していたこと。

院長が暴言をやめるよう何度も求めたこと。

そこは、すべて抜け落ちていた。

翌朝から、病院には電話が入った。

「口コミに書かれていることは本当ですか?」

職員からも不安の声が上がる。

「また来たら、誰が対応するんですか?」

「警察を呼んでもいいんですか?」

「私たちは、どこまで我慢しなければならないんですか?」


院長先生。あの場で、何を残していましたか?

男性が何時に来院したのか。

実際に何分待っていたのか。

なぜ後から来た患者が先に呼ばれたのか。

どのような言葉を、何回、誰に向けて発したのか。

職員は何と説明したのか。

退去を求める前に、誰がどのような警告をしたのか。

診療を断る判断に、医学的な問題はなかったのか。

防犯カメラの映像は残っているのか。

その場にいた職員や患者の証言を確認できるのか。

これらを、後から説明できますか?

「ひどく怒鳴っていた」

「とにかく手が付けられなかった」

という記憶だけで、病院と職員を守れますか?


「カスハラだから追い出した」だけでは終わらない

病院には、患者の安全を守る責任があります。

同時に、暴言や威圧から職員を守る責任もあります。

そして、待合室にいるほかの患者の安全と診療環境も守らなければなりません。

だからこそ必要なのは、その場の院長や受付職員の度胸ではありません。

大声や暴言が始まったとき、誰が対応するのか。

どの段階で院長へ報告するのか。

何を警告し、いつ退去を求めるのか。

どの段階で警察へ連絡するのか。

診療上の緊急性を誰が確認するのか。

発言、時刻、対応、周囲への影響をどう記録するのか。

口コミやSNSに一方的な内容を書かれたとき、誰が事実関係を整理するのか。

そこまで決まっていて、初めて職員は動けます。

怒鳴る患者を前にしてから、「どう対応する?」と考えている時間はありません。

患者を守ることと、暴言を受け続けることは同じではない。

院長がその線引きを曖昧にすれば、次に限界を迎えるのは、受付職員かもしれません。


平時の対応を確認する

対応方針、院内での報告先、記録項目、警察等への連絡基準を平時に整理しておくことが重要です。

3分チェックで現在の備えを確認する 事前対策の相談窓口はこちら

参考資料

厚生労働省「顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)について」

ご確認ください

本ページは、医療機関等の経営リスクを考えるための一般的な情報です。個別の患者対応、診療継続・拒否の可否、退去要請、警察への連絡、法的責任の有無は、診療上の緊急性や具体的な状況によって異なります。実際のトラブルや個別の判断については、弁護士、警察、所管機関その他の適切な専門家へご確認ください。

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