100万円払ってでも、辞めてもらいたい。

100万円の札束を前に退職合意を話す社長と、不安げな65歳社員

※この記事は、経営上の判断ポイントを分かりやすくするためのフィクションです。

入社して間もない、65歳の社員が取引先でミスをした。

大手企業を定年退職した後に採用した、社会人経験の長い人だった。ところが、取引先から厳しく注意され、本人はひどく落ち込んでしまった。

後日、本人は社長にこう伝えた。

「かかりつけの医師に相談したところ、精神科を受診してみてはどうかと勧められました。」

社長は心配した。しかし同時に、別の思いも頭をよぎった。

このまま働けるのだろうか。欠勤が増えるのではないか。休職になったら、いつまで対応が続くのだろうか。

入社して、まだ間もない。

「多少余分に払ってでも、今のうちに辞めてもらった方がいいのではないか。」

100万円で済むなら、それでもいい。会社も本人も、そこで区切りをつけて前へ進めるなら、その方がいいかもしれない。

100万円払えば、本当に終われるのか。

終われると思っていた問題が、終わらなくなることがある。

経営者にとって怖いのは、100万円という金額そのものではありません。

100万円を払う覚悟を決めても、相手が退職に合意するとは限らない。合意を求める動きそのものが、「会社は自分を追い出そうとしている」という疑念を強めることもある。

解雇すれば争われるかもしれない。退職を勧めれば強要だと言われるかもしれない。何もしなければ、欠勤、休職、配置、取引先対応を抱え続けるかもしれない。

切ることもできない。勧めることも怖い。待っていても終わりが見えない。

これが、会社が直面する出口の見えないジレンマです。

「明日から来なくていい。30日分の賃金は払う」と伝えれば終わる。そう考える経営者もいるかもしれません。

しかし、解雇予告手当は、解雇の有効性を買うためのお金ではありません。解雇には、客観的に合理的な理由と、社会通念上の相当性が必要です。厚生労働省も、1回の失敗だけですぐに解雇が認められるわけではないと説明しています。

解雇が無効と判断されれば、雇用関係は終わっていなかったとして、解雇後の賃金などを巡る争いに発展する可能性があります。会社が早く終わらせるために切ったカードが、半年、1年と続く紛争の入口になることもあります。

では、退職を勧めればいいのか。

一方的な解雇を避け、会社から退職を勧める方法が退職勧奨です。

退職勧奨は解雇ではありません。会社が退職を提案し、応じるか、断って働き続けるかは本人が決めます。会社が「100万円を支払うので退職を検討してほしい」と条件を示すことも、話し合いの一つです。

ただし、会社が早く終わらせたいからといって、本人が拒否した後も繰り返し迫ったり、その場で結論を求めたりすれば、自由な意思による退職とは言いにくくなります。

一方的な解雇ではなく、合意退職という出口

会社から一方的に雇用を終了させる解雇と、会社と本人が話し合い、双方の合意で雇用を終える合意退職は別のものです。

会社が一定の解決金を提示し、本人が納得して退職日や条件に合意する。早期に区切りをつけたい会社にとって、合意退職は現実的な選択肢になり得ます。

退職合意書に入れておきたいこと

合意退職を成立させる場合は、口約束で終わらせず、退職合意書で条件を整理します。少なくとも、次の事項を確認します。

  • 合意退職であること
  • 退職日
  • 解決金の金額、支払日、支払方法
  • 賃金、未払残業代、有給休暇などの扱い
  • 貸与物、書類、データの返還
  • 退職後の秘密保持など、必要な事項
  • 雇用関係に関する債権債務を確認する清算条項

清算条項は、「本合意書に定めたもののほか、会社と本人との間に雇用関係に関する債権債務がない」と確認するための条項です。

しかし、清算条項があれば何があっても安全、というわけではありません。合意そのものが本人の自由な意思に基づいていなければ、退職の成立や合意書の効力が争われる可能性があります。

サインをもらうことより、自由に判断できる過程を残す

退職勧奨を受け入れるか、拒否して働き続けるかは、本人が自由に決めることです。会社が結論を急ぎ、繰り返し呼び出す、長時間説得する、「応じなければ解雇する」と迫るなど、本人の自由な判断を妨げる方法は避けなければなりません。

特に今回のように、本人が精神面の不調を訴えている場面では、即日の署名を求めないことが重要です。

「今日は持ち帰って検討してください。ご家族や専門家に相談していただいて構いません。」

そう伝え、検討する時間を設ける。面談の日時、参加者、説明内容、本人の回答を記録する。会社側も、就業規則、雇用契約、試用期間、ミスの内容、指導記録、本人の勤務意思を確認する。

書面の文言だけでなく、合意に至るまでの過程が、後から「本当に自由な意思だったか」を判断する材料になります。

「精神科を勧められた」ことと、退職の判断を直結させない

かかりつけ医から精神科の受診を勧められたことだけを理由に、「それなら辞めてほしい」と結び付けるのは危険です。

会社が確認すべきなのは、病名を決めつけることではありません。現在の就労状況、本人の勤務意思、必要な配慮、雇用契約や就業規則、今回のミスと指導の経過などを切り分けて整理することです。

本人の健康に関する情報は慎重に扱い、必要に応じて労務に詳しい弁護士、社会保険労務士、産業医などの専門家へ確認してください。

しかし、「辞めさせようとしている」と勘ぐられることもある。

退職勧奨から合意退職を目指す流れが、いつも予定どおりに進むとは限りません。

本人が「精神的な不調を伝えた途端、会社が自分を辞めさせようとしている」と受け取れば、円満に終わらせるための提案が、退職を迫られたという新たな争点に変わることがあります。

体調を気遣う質問も、働けないと言わせるためではないか。解決金の提案も、金で追い出そうとしているのではないか。いったん疑念を持たれると、会社の言葉が別の意味で受け取られる可能性があります。

進めば警戒され、引けば意図を隠していると疑われる。

だからこそ、会社は焦って言葉を重ねるのではなく、事実、記録、本人の意思、選択肢を一つずつ確認する必要があります。金額を決める前に、「どのような過程なら双方が納得して終われるのか」を整理しなければなりません。

経営者が本当に怖いのは、100万円という金額だけではありません。早く終わらせようとして選んだ方法によって、かえって問題が長引くことです。

早く切るのではなく、早い段階で事実と選択肢を整理し、双方が後から否定しにくい出口を作る。そのためには、金額と同じくらい、伝え方と手順に注意する必要があります。

その出口を作る準備ができているか、最後に確認してください。

3分経営リスクチェック

  • 雇用契約が無期か有期か、試用期間中かを確認していますか?
  • 今回のミスの内容、本人の説明、会社の指導を記録していますか?
  • 「精神科へ行くなら辞めてほしい」など、受診と退職を直接結び付けていませんか?
  • 退職勧奨を断る自由があることを本人に伝えていますか?
  • その場で署名を求めず、家族や専門家へ相談する時間を設けていますか?
  • 解決金だけでなく、退職日、支払条件、貸与物返還、清算条項まで整理していますか?
  • 同じ担当者が繰り返し説得するなど、退職勧奨が強くなりすぎていませんか?
  • 解雇や退職勧奨を伝える前に、専門家へ確認していますか?

100万円払う覚悟より、100万円払っても終わらない覚悟の方が怖い。


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参考資料

厚生労働省「解雇に関するルールについて」

厚生労働省「退職勧奨」

厚生労働省「解雇と合意退職・辞職の違いについて教えてください」

厚生労働省「退職勧奨とはどのようなものでしょうか」

ご確認ください

本ページは、フィクションをもとに雇用終了時の経営リスクを考えるための一般的な情報です。個別の解雇、退職勧奨、合意退職、解決金、合意書の有効性を判断するものではなく、特定の結果を保証するものでもありません。実際の対応は、雇用契約、就業規則、就労状況、健康状態、指導記録、当事者間のやり取りなどにより異なります。通知や提案を行う前に、労務問題に詳しい弁護士、社会保険労務士その他の専門家へご確認ください。

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