「もう終わりにしよう」
社長は、付き合っていた女性にそう告げた。
数年前。
「うちで働けばいいじゃないか」
そんな一言で、彼女を自分の会社に入れた。
最初は何の問題もなかった。
仕事も手伝ってくれる。
毎日顔も合わせられる。
そのうち仕事にも慣れ、役職もついた。
ところが――
二人の関係が終わった。
しばらくして、社長は言った。
「もう別れたんだから、会社も辞めてくれよ」
女性は黙って社長を見た。
「私を辞めさせる理由って、何ですか?」
「……え?」
「私、普通に仕事してますよね?」
社長は答えられなかった。
それでも、毎日顔を合わせるのはつらい。
少しずつ仕事を外した。
席を離した。
役職も外そうとした。
給与も見直そうとした。
すると彼女が言った。
「付き合っていた時は昇格。」
「別れたら降格ですか?」
社長は言葉を失った。
ここからは、男女の別れ話ではありません。
会社と社員の問題です。
交際関係が終わったことと、雇用関係が終わることは別です。
「別れたから」という理由だけで解雇したり、退職を迫ったりすることには大きなリスクがあります。
さらに、仕事を外す、役職を下げる、給与を下げる。
そうした対応をすれば、その理由や必要性、これまでの人事との整合性まで問題になる可能性があります。
そして、厄介なのはそれだけではありません。
長く近くにいた相手です。
他の社員が知らないことを知っているかもしれない。
会社のことも。
社長個人のことも。
家庭のことも。
交わしたメールやメッセージも残っているかもしれない。
関係が良かった時には、何でもなかったこと。
それが、関係がこじれた後には――
違う意味を持つことがあります。
二人だけで交わした話について、
ある日、代理人から会社としての説明を求められるかもしれません。
入れる時は簡単だった。
難しいのは――
関係が終わった後だった。
会社に入れる前なら相談できた。
入れて、別れて、揉めてからでは、
打てる手が減る。

