会社の売却を考えていた社長。
まだ決めたわけではない。
条件も何も決まっていない。
ただ、一人で抱えているのが苦しくなった。
そこで、長年一緒にやってきた幹部一人だけに相談した。
「まだ誰にも言うなよ」
「絶対内緒だからな」
「分かっています」
この男なら大丈夫。
社長はそう思っていた。
数日後。
社員が社長のところへやってきた。
「社長……会社、売るんですか?」
「…………え?」
知っているのは、
俺と、あいつだけのはずだ。
社長はすぐに幹部を呼んだ。
「お前、誰かに言ったのか?」
「いや……一人だけです」
「一人?」
「信用できる人だったので……」
「絶対内緒だって言っただろ!!」
しかし、本当に怖いのはここからだった。
「社長が売却を考えている」
だった話が、
「会社を売るらしい」
に変わった。
社員は、
「この会社、大丈夫なのか?」
と転職を考え始める。
取引先は、
「今後どうなるか分からない会社と、このまま取引して大丈夫か?」
と距離を置き始める。
まだ売ると決めてもいない。
なのに――
社員が辞める。
取引先が離れる。
そして会社の価値まで下がってしまったら。
社長は、
「売却を考えただけ」
だったはずなのに。
「この人だけなら」が、連鎖する。
社長も、
「この人だけなら」
と思った。
幹部も、
「この人だけなら」
と思った。
悪意がなくても、
経営上の重要な情報は広がることがあります。
そして一度広がった話は、
「やっぱり売るのをやめた」
では元に戻らないこともある。
人を信用することと、
情報を管理することは別の話です。




