「社長、お久しぶりです」
「おお! 久しぶりだな。辞めてから、もう2年か?」
突然会社を訪ねてきた、2年前に退職した女性社員。
会社がまだ小さかった頃から、退職するまで働いてくれた。
忙しい時期には、夜遅くまで一緒に仕事をしたこともある。
社長にとっては、懐かしい戦友のような存在だった。
「いやあ、あの頃は大変だったな」
女性も笑った。
「本当に。よく一緒に徹夜しましたよね」
「した、した。若かったなあ」
「私も、よく覚えてます」
そう言って、女性はバッグから封筒を取り出した。
「それで今日は――」
机の上に置いた。
「退職前の残業手当のご請求書をお持ちしました」
「…………え?」
さっきまで懐かしかった徹夜の記憶が、
一瞬で違うものに変わった。
社長にとっては「一緒に頑張った夜」だった
会社の創業期。
仕事が終わらない。
社長も残る。
社員も残る。
夜食を食べながら、みんなで仕事を片付ける。
「今日は遅くまで悪いな」
「大丈夫ですよ!」
そんな時代だった。
だから社長の記憶の中では、
「みんなで頑張って会社を大きくした」
になっている。
しかし――
同じ夜を、
社員側も同じように記憶しているとは限らない。
昔の記憶だけでは確認できない
退職後に未払残業代を請求されたら
「ちゃんと残業代、払ってたと思うけど……」
社長は事務員に昔の資料を探させた。
しかし、すぐには出てこない。
当時の勤怠管理は今ほどきっちりしていなかった。
パソコンも入れ替わっている。
担当者も辞めている。
給与計算をどうしていたのか。
何時まで働いていたのか。
そもそも、何年前まで資料が残っているのか。
一方、元社員の手元には――
当時のメール。
LINE。
パソコンの送信履歴。
そして、
「今日は徹夜になりそうだな」
という社長からのメッセージ。
退職しても、残業代の時効が止まるわけではない
未払い残業代を含む賃金の請求権は、現在、原則として各給料日の翌日から3年で時効になります。
退職日からまとめて3年を数えるのではありません。
給料日ごとに、古い月の請求権から順に時効が進みます。
そのため、退職から2年後に請求された場合でも、退職前の残業代がすべて時効になっているとは限りません。
ただし、会社が未払いを認めた場合や、裁判などの手続が取られた場合には、時効の扱いが変わることがあります。
「昔の話だから」と決めつけず、請求の対象期間と過去のやり取りを確認する必要があります。
社長はもう一度、請求書を見た。
あの頃、
同じ机で笑いながら食べた夜食まで思い出した。
でも今、
目の前にあるのは――
残業手当の請求書だった。

